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はからずも、移り住む場所ごとに異なる環境の
中で「最高のキムチを作るための条件」を自然のうちに身につけていくことに・・・
「日本に渡ってきたのは20歳の頃。どうしても
日本で暮らすお父さん、お母
さんと一緒に暮らしたかったから・・・」
彼女がほとんど一緒に暮らすことがな
かった両親を頼り、日本に渡ってきたのが昭和30年代前半のこと。その地は在日コリ
アンが大勢暮らす大阪だった。
以来40年以上にわたって、彼
女はキムチを作り続けてきた。
大阪コリアタウンという多数の在日コ
リアンたちを包み込み、育んでくれた地で、彼女のキムチは進化発展していったのは
言うまでもない。
「キムチ、キムチってみんな言うけど、
日本の野菜と韓国の野菜の違いがあるし、季節によっても野菜の味が変わるからたい
へんよ。でも、長いことやってきたからねえ・・・。いつでもおいしいキムチが作れ
るようになったん
よ。韓国で子どもの時からキムチ作ってきたおかげやねえ。やっぱり」
「キムチ」とひとことで言っても、韓
国では「漬ける人の『手』の数だけ味がある」と言われるほど様々な味わい、風味が
存在する。
そんな「手の数」ほどもあるキムチの
中で、金さんの作るキムチは間違いなく一級品だ。それは、彼女の“生きざま”が証
明してくれている。
そして、彼女の名人芸の「集大成」と
もいえるのが、「北国からの贈り物」のためだけに作ってくれている「キムチ・薬念
(ヤンニョム)」だ。 |