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「海を渡るたび、住むところが変わる たびに、私のキムチの味は変わったよ。まあ、長い人生と一緒だよ・・・」

韓国語なまりの日本語で、ポツリと語る金基福 さんは在日コリアン1世。
北海道の良質な海鮮類を最高級のキムチに仕上げてくれている“張本人” だ。

幾重にも編み込まれたような重層的な深い味わ いをもつ「海鮮キムチの薬念(ヤンニョム)」は、彼女の“人生”を重ね合わせるこ とによってさらに深い
“味わい”をもたらしてくれる。

1936年、彼女は自然の恵みあふれる韓国・済州 道でこの世に生をうけた。その後、生活上の都合により日本に渡った両親と別れ、祖 母と共に親戚の家に身を寄せて生活する日々が続く。

「キムチは子どもの時から作ってたよ。よその家で 世話になってるんやから、どんなにちっちゃくても手伝いせんことには生きていけん かった。当たり前やろ・・・。私のばあちゃんが直接手ほどきしてくれたからね。小 さい時、
身につけた“感覚”はこのトシになっても生きてるよ。ばあちゃんの漬け た
キムチは最高やったで」

金さんのおばあさんということになれば、およ そ100年ほど前にお生まれになった方だろうか。そんな方の「ワザ」が、今の金さん の身体の中に脈打っている・・・歴史と伝統を間違いなく受け継いだキムチ薬念(ヤ ンニョム)をいま、この日本で食べられているんだ、と考えただけでゾクゾクしてし まう。

そして、初めて海を渡り、たどり着いたのが朝 鮮半島西南端の天然良港の街「全羅南道・木浦(モッポ)」。

中世の昔より韓国の水陸物資の 集散地として、対中、対日貿易の中心地として栄えた街である。

金さんはこの地で、済州島時代 に身につけていたオーソドックスなキムチ作りにプラスして「海産物」を活用したキ ムチ作りのワザを磨いていった。

次に移り住んだのが「全羅南道・ 光州」。ここは、農産物の宝庫といわれる
全羅道の中にあって、野菜や米などが集まる中心地だった。

そこで金さんは農作物の質を見 分け、諸条件に応じたキムチ作りのワザを身につけていく。

はからずも、移り住む場所ごとに異なる環境の 中で「最高のキムチを作るための条件」を自然のうちに身につけていくことに・・・

「日本に渡ってきたのは20歳の頃。どうしても 日本で暮らすお父さん、お母
さんと一緒に暮らしたかったから・・・」

彼女がほとんど一緒に暮らすことがな かった両親を頼り、日本に渡ってきたのが昭和30年代前半のこと。その地は在日コリ アンが大勢暮らす大阪だった。

以来40年以上にわたって、彼 女はキムチを作り続けてきた。

大阪コリアタウンという多数の在日コ リアンたちを包み込み、育んでくれた地で、彼女のキムチは進化発展していったのは 言うまでもない。

「キムチ、キムチってみんな言うけど、 日本の野菜と韓国の野菜の違いがあるし、季節によっても野菜の味が変わるからたい へんよ。でも、長いことやってきたからねえ・・・。いつでもおいしいキムチが作れ るようになったん
よ。韓国で子どもの時からキムチ作ってきたおかげやねえ。やっぱり」

「キムチ」とひとことで言っても、韓 国では「漬ける人の『手』の数だけ味がある」と言われるほど様々な味わい、風味が 存在する。

そんな「手の数」ほどもあるキムチの 中で、金さんの作るキムチは間違いなく一級品だ。それは、彼女の“生きざま”が証 明してくれている。

そして、彼女の名人芸の「集大成」と もいえるのが、「北国からの贈り物」のためだけに作ってくれている「キムチ・薬念 (ヤンニョム)」だ。


彼女だからできた完全オリジナルの味 は、他のどの「漬け手、作り手」の想像をもしのぐ水準にまで達している。伝統のワ ザに裏打ちされた斬新な発想の結果生まれたものだからだ。

「韓国行ってもこんなおいしいヤンニョ ムはないよ。日本の野菜をタップリ使って、日本のおいしいカニとかホタテとかを漬 け込んで食べるんやから・・・。韓国のキムチ作りの方法と日本の野菜や海産物のこ とを両方知ってる私にしか作られヘンのよ。ホンマにおいしいヤンニョムやで、これ。

水を1滴も使わずに素材の味を 濃縮させて作ってるんやから・・・」

そう。「1滴の水も使っていない」という言葉 を耳にするだけで、他の作り手たちは肩をすくめ、首を振る。「自分たちには作れな いヤンニョムだ」と。

彼女のこの「ワザ」を受け継ぐ者は今のところ 存在しない。
この素晴らしいキムチの味をいつまで楽しめるのか・・・

「作り手」となれない私たちは、自分たちの 「舌」にその伝統の味を刻み、自らの記憶としていくしかないのかもしれない。





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